就職したての若い頃は、交換に差し出すことができるのは、もっぱら「時間」だ。「時間」を差し出しながら、「お金」とともに、将来お金を稼ぐ手段になる仕事の能力を身につける。だが、ある程度時間が経つと、「もっとお金がほしい」と思う以外にも、「自分の時間がほしい」(健康上必要な場合もある)とか、「もっと気の済むように働きたい」といった不足を感じるようになる。自分が何かを選択する場合に、「時間」・「自由」・「お金」の中で、自分かほしいと思っているものが何で、提供できるものは何だろうかと考えると、自分がやろうとしていることについて、見通しよく考えることができる。
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ちなみに、私の場合は、若い頃は、将来「お金」を稼ぐことができるような職業スキルを身につけるにはどうしたらいいかに対して、それなりに「時間」を使ったし、中年期(四〇代)にさしかかってからは、自分の「自由」を拡大するために、「時間」や「お金」を少しではあるが犠牲にしてきた(もっと効率よく稼げる仕事よりも、個人の立場での自由な発言がしたかった)というような自覚かある。三要素の交換に当たって、これがうまかったのか下手だったのか、自分ではよくわからないが(少なくとも「非常にうまかった」ということはないと思っている)、何とかかんとか、ここまでやってきた。