叱られ役をつくるのが良い時と悪い時

2012-02-01

上司にとって、なぜか叱りやすい部下と叱りにくい部下があるものです。とくにエコひいきする気持ちがあるわけではないのですが、似たようなミスでも一方には厳しく当たり、一方には見て見ぬふりを通すことがあります。しかし、これでは、注意された側には不満が残り、素直になれません。また、そのうえに、叱りやすい人物を、みんなの見せしめのため、あるいは生けにえのように仕立てて怒るのも感心しません。叱られている本質がわかっていない本人、あるいは周囲からは、権威をかさに着て快感を味わっていると見られても仕方ありません。

日本創造教育研究所
田舞徳太郎通信ブログ 日本創造教育研究所
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小さなことのように見えますが、これは大きな問題に波及しかねません。もし皆を前にして誰かを叱りとばして注意を喚起させようとするならば、叱られ役は叱りやすい人物ではいけません。グループの責任者か、叱りを正面から受けとめ、すぐさま行動修正できる人を選んでこそ意味があります。この場合、叱られ役は生けにえではなく殉教者といえましょう。また、叱りづらい人物に直傍言わず、朝礼などで全員向けに注意するケースもよくありません。「最近、規律が乱れ気味のように思うので、この際、お互いに気をひきしめてください」こんな言葉で注意されても、聞いているほうからは、その魂胆がよく見えるのです。「規律を乱しているのは、B君とC君だけの問題で、われわれには関係ないじゃないですか。本人を直接叱ればいいでしょ」。こんな言葉が出かかるのを、みんな抑えてがまんしているのです。叱るべきことは、当人を目の前において、はっきりさせることですね。